ブログ、はじめました。
「冷やし中華、はじめました」なら季節感を覚えることができるが、いまさらブログを始めたところで、関心を抱く人はほとんどいないと思う。
日記など、生まれてから一度も書いたことはない。書きたいと思ったこともなかった。SNSにも興味は全くわかない。
それが、この期に及んでブログをはじめるというのは、徘徊老人として、まだ何とか生きているぞ、という自身の実感を確認したいと思ったことからにすぎない。
釣りは人生の半分!
過日、中学校の同窓会があった。同級生から、「今何をしているのか」と聞かれたので、「夏から秋は鮎の友釣り、冬から春は磯や堤防でのメジナ釣り、以上」と答えたら、「ガキの頃と少しも変わらないな」と呆れられた。「相変わらず、お目出たいやつだ」とも。
こんな時、少し知的なヤツは概ね、開高健の『オーパ!』にある中国の古諺なるものを引用し、「三日間、幸せになりたかったら結婚しなさい。永遠に幸せになりたかったら、釣りを覚えなさい」とかいう名言(迷言)をのたまってくださる。いったい、何度同じ言葉を聞いたことやら。
この言葉を聞くと、「幸福を求めるために釣りをするのではない、釣りの結果、幸福が生まれるのだ」と答えることにしている‥‥暇なときは。
幸福を欲するから釣りをするというのは、仮言命法だ。釣りでなくて他のことでも良いことになる。これは、カント的に言えば非道徳的行為である。我が内なる実践理性は、「釣りをすべし」という定言的命令を私に与える。私にとって、釣りは道徳的義務なのである。「~を欲する」(wollen)としての釣りではなく、「~すべし」(sollen)としての釣りなのだ。この辺を話だすと、大体、自分の周りからは人がいなくなる。気を遣う必要がなくなるので、とても楽である。
小学生前は近くの小川で、小学生時は主に多摩川で、18歳ころからは海釣りをはじめ、いつしか、日本全国を釣り歩くようになった。川や池、湖での釣りを含めれば、47都道府県のすべてで竿を出したことがある。
ともあれ、長い人生の半分は釣りに費やしてきたことは確かで、残り少ない余生もまた、釣り中心の生活が続く。
城ケ島は今日も釣れず
海釣りといってもほとんどウキ釣りしか行わず、対象魚はほぼメジナに限られる。関東ではあまり馴染みのない魚だが、西日本、とくに四国や九州では、釣りの一番のターゲットである。関東の海にもメジナはたくさんいるのだが、色が地味なこともあって、市場に出回ることは少ない。自分では釣っても食べることはまずないが、仲間の話では、かなり美味とのこと。少なくとも、タイよりはうまいようだ。
釣りの対象としてはベストの存在で、釣れるときは馬鹿々々しくなるほどに釣れるが、海況のほんの少しの変化で全く釣れなくなることが多い。というより大抵は釣れず、数匹釣れればまずまず、2桁釣れれば大漁と言って良い。引きはかなり強く、掛けるまで、そして掛けてからも面白い。サイズは10~60cmぐらい。20~25cmは手のひら、30cm以下は足の裏、35cmほどで中型、40cm級が良型、50cm以上が大型、60cmを超えれば超大型だ。
今回出掛けた三浦半島・城ケ島の磯では、35cm超で一応納得、40cmを超えれば満足といったところ。3月中は、40cm級が顔を出していたので、4月に入れば、40cmアップがわんさか、と期待したのだが、実際、姿を見たメジナは30cmが1匹のみ。私と仲間と3人で、朝7時から夕方6時まで粘っての結果がこれだ。今季は水温の変動が激しく、”4月は残酷な月”なのである。
釣り人はいつも、今日と格闘する
帰途、釣具店や釣り餌店に当日の結果を報告することがある。ほとんどが最悪に近い釣果なので、励ましの意味だろうか、腕の悪さの指摘なのだろうか、「昨日は釣れたのに」だの「明日は良くなるよ」などとよく言われる。釣り人にとって大事なのは今日なのだけれど。
昨日釣れていたとしても、昨日に戻って出かけることはできない。明日釣れるとしても、出掛けたときには、すでに今日になっているのである。釣り人に限ったことではないけれど、人は昨日に生きることも、明日に生きることもできず、永遠の今があるだけなのだ。
東京郊外に住む私にとって、海はあまり近くはない。城ケ島までは約80キロ、要する時間は往復5時間。それでも、磯釣り場としては、城ケ島は自宅から一番近い所にあるポイントのひとつ。時間とお金をかけた結果が、メジナ1匹。
それでも、後悔は全くない。帰りにはもう、次の釣りの予定と、食い渋ったときのメジナの攻略法を考えている。帰りの2時間半、運転中ずっと考えっぱなしなのだ。そうすべしと、わたしの実践理性はそう要請し続けているのだから。