徘徊老人・まだ生きてます

徘徊老人の小さな旅季行

〔12〕金沢逍遥~ただし横浜市金沢区のほうです(その1)

金沢は金沢区が一番!?

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シーパラダイスにあるアトラクションのひとつ「バイキング」

 金沢大学医学部出身の知り合いがいて、その人は実に“金沢愛”に満ちていた。埼玉生まれの埼玉育ちなので”郷土愛“とも違う。加賀の金沢ではとても素敵な青春時代を送ったのだろうか。とにかく、何かといえば金沢の良さを熱弁するのだ。そこで、隣人愛を有する私は、『広辞苑』(当時は第五版だった)の「金沢」の項には、第一に「横浜市金沢区」、第二に「あなたの愛する金沢市」が出ているのだということを親切心から教えてあげた。するとその人は、手にした『広辞苑』を振りかざしながら「岩波書店に抗議する」と息巻いた。さぞかし重かったことだろう。しかし、彼女の異議申し立てにもかかわらず、昨年(2018年1月)に改訂版が出た第七版でも、金沢市は第二番のままだった。

 人口は、金沢区は198771人(19年3月現在)、金沢市は464220人(19年5月現在)で金沢市の圧勝。その地位は、金沢区横浜市の18ある行政区の一つなのに対し、金沢市は石川県の県庁所在地でやはり金沢市の圧勝。金沢区の花は“ボタン”一つなのに対し、金沢市は”ハナショウブ“、”サルビア“、”ベゴニア・センパフローレンス“、”インパチェンス“、”ゼラニウム“の五つ。これも金沢市の圧勝だ。

 が、金沢市金沢区に敵わないものが二つある。「金沢文庫」と「金沢八景」の存在だ。前者は“日本最古の武家文庫”として教科書に出てくるし、後者は“近江八景”と並んで「~八景」の代表格で、かの歌川広重が“ヒロシゲブルー”を駆使して“金澤八景”を描いている。一方、金沢市には「兼六園」があるが、これは日本三名園の一つにすぎない。

 と、『広辞苑』の執筆者はこのように考え、一番目には金沢区を挙げたのではないか、と、私は推察する。

富岡地区にある”ふなだまり”と”八幡様”

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高層マンションとふなだまり公園。池の水はしょっぱい

 金沢区横浜市のもっとも南に位置し横須賀市と接している。20年ほど前、三浦半島金沢区横須賀市三浦市)や南房総での取材が立て込んでいたこともあって、約3年間、金沢区に家を借りていたことがある。この地ではいろいろな人や場所との交流が生まれたため、金沢の地については多摩の田舎の住民のわりには結構、認知しているほうなのだ。写真にある「富岡並木ふなだまり公園」も当時、近くに住む知り合いから教えてもらった場所だ。

 公園内の池と思われる水辺は、近くにある”福浦岸壁”とは北側水路で通じているためほどんど海水に近い。前方に見える高層マンションの敷地はかつては海だったところで、ベンチがある辺りが海岸線だったはずだ。つまり、この辺り一帯は富岡の入江だったのであり、この水辺はその名残なのだ。

 この水たまりでは結構、海釣りが盛んでクロダイ、ボラ、スズキ、ハゼなどが狙える。ボラこそ近所に住む暇なおじさんたちの遊び相手だが、クロダイは50cmほどの大型がいるので本格派も訪れる。水たまりでは分かりづらいが、南側にある海に通じている水路をのぞいてみると、大型クロダイの群れが視認できる。一度、この水路をたどり、どのあたりまでクロダイが生息しているのかを確認したところ、京浜急行京急富岡駅近くにまでいることが分かった。「クロダイは人気(ひとけ)のある所を狙え」というのは釣りの格言なのだが、ここのクロダイは住宅地ばかりではなく、商業地区にまでも出没しているのだ。そのうち、駅近くのコンビニで買い物をしているクロダイの姿がユーチューブにアップされるかもしれない。

 写真の背後には「富岡八幡公園」があり、その一角には以前、富岡漁港があったそうだ。この辺りは「宮の前(八幡宮の前だから)」と呼ばれていて、かつては砂浜もあった。公園の姿形に触れてみると、以前は海岸だったのだという風情は残っている。この”宮の前海岸”は「海水浴発祥の地」とのことでそれを記した碑もある。江戸時代からも海に入る習慣はなかったわけではないが、当時は「潮湯治」といって、皮膚病や神経痛の治療や老廃物の排出など”温泉の効能”と同等の目的のために海に浸かったらしい。それが明治期になり、治療から遊び目的に変化した。その最初がこの富岡の海岸だったのだという。

 もっとも、この話は他にもあり、とくに大磯海岸が”発祥の地”としては有名だ。こちらは江戸末期から明治期にかけて活躍した松本良順による記録が残っている。良順といえば奥医師として徳川家茂の治療をしたり、維新後は帝国陸軍の初代軍医総監になったりしたことで知られているが、近藤勇と親交があり新選組の隊士の治療を行っていたという話が、私は一番好ましく思っている。

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富岡八幡宮の鳥居の前はかつて海岸だった

 富岡八幡宮と聞くと、東京都江東区にある”深川の八幡様”を先に思い浮かべ、歌川広重の”名所江戸百景”や”江戸勧進相撲”、さらにはおととしの連続殺人事件が連想される。が、江戸の富岡八幡宮は江戸時代初期に創建されたのに対し、金沢区八幡宮は1191年、源頼朝の命によって造られたものなので、歴史はこちらのほうが圧倒的に古い。

 金沢区のパンフレットによれば、1311年の大津波の際、富岡地区に住む人々の命と暮らしを守ったことから「波除八幡」とも言われるようになったとのことだ。先に述べたように、写真の鳥居の前はかつて海岸であり、八幡様の境内は高台にある。集落はこの裏手に広がっているので、確かに八幡様が津波を防いだと考えることは可能だ。

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こじんまりとした境内と本殿

 写真のように、境内はそれほど広くはなく、本殿もまた”深川八幡”に比べるとかなり小さく、かつ地味だ。しかし、周囲にある社叢(しゃそう)林はとても見事で、たしかにこれならば、大津波から集落を守ることは十分にできそうだ。この社叢林=鎮守の森は、横浜市の天然記念物に指定されている。

 八幡様自体には行事のとき以外は訪れる人はそう多くないようだが、周囲は”富岡八幡公園”として整備され、ここを散策コースとして利用している住民は多い。近くの”並木団地”に住んでいる知人も、この公園にはよく子供と一緒に遊びに来ていたが八幡様にはお参りしたことがないと、罰当たりなことを言っていたことを思い出した。

八景島は入場無料

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八景島に通じるマリンゲートと福浦岸壁

 シーパラダイスがある八景島横浜市が造成した人工島で、島内へは写真の”マリンゲート”か金沢シーサイドライン八景島駅前にある”金沢八景大橋”を利用する。前者は有料駐車場を利用する人が主に使い、後者はシーサイドラインを利用する人や後述する「海の公園」から島に入る人が主に使用する。両者の中間には国道357号線の「柴航路橋」があるが、一般には開放されていないので関係車両以外は通行できない。

 私は京浜急行金沢文庫駅から後述する”称名寺”方向へ進んだところに家を借りていたので、八景島へはよく散歩や食事、買い物に出掛けていた。島内に入るのは無料なので、シーパラダイスにあるアトラクションをぼんやり眺めたり、レストランを利用したり、百円ショップで買い物したりした。島(面積約24ha)自体は横浜市のもので、シーパラダイス(面積約8ha)は西武系資本が横浜市から島の一部を借りているだけのため、シーパラの敷地を含め島内は自由に散策できるのだ。もちろん、アトラクションや”アクアミュージアム”などを利用する際は料金が発生する。

 写真にある岸壁は島外のもので、金沢埋立地とか福浦埋立地などと呼ばれている場所の海岸線全体を囲んでいる防波堤だ。全長は2キロ以上あるが、そのほとんどの場所で釣りができるため、東京湾内では有数の海釣り場として知られている。25年以上前、取材で私の磯釣りの師匠と一緒にここを訪れ、それを雑誌やスポーツ紙に掲載したことが、のちにここに住むようになる切っ掛けを作った。その際、私たちが参考にした釣り雑誌ではこの場所は「福浦3号埋立地」と紹介されていたのだが、釣りは埋立地そのものではなく、その岸壁でおこなうので、私は勝手に「福浦岸壁」と書いてこの場所を紹介した。現在では、この釣り場はほとんど「福浦岸壁」の名で雑誌等に掲載されているが、その端緒は私である。実にいい加減なものだ。

怖い思いをするのにお金がかかるのは、実に不可思議

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この三角の立ち姿だけで八景島のアクアミュージアムとすぐに分かる

 シーパラダイスの施設では、やはり「アクアミュージアム」(水族館)とそれに付設する「アクアスタジアム」が有名だ。この施設の利用には3000円(65歳以上は2450円)かかるので今まで4回しか入ったことがない。ただ、6月いっぱいまでは「あじさい祭り」期間とのことで、アトラクション利用を含めたワンデーパスが65歳以上は1800円(通常は3600円)になるらしいので、今一度、行ってみようかとも思っている。

 水族館には700種類、12万点の生き物がいるので見ごたえは十分。一方、イルカやアシカのショーがあるスタジアムは、プールが広すぎるためなのか生き物と人間との波長が微妙にずれてミスがやや目立つので、その点に興味がそそられる。ショーという点では「鴨川シ―ワールド」は規模がやや小さいためかミスが少ないので面白みは半減する(個人の感想です)。

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107mの高さから落下する”ブルーフォール”。単品では1000円也

 アトラクションには怖いものが多い。私は遊園地は嫌いなのだが、それは怖いからだ。何が愉快で怖い思いをしなくてはならないのか。ジェットコースター(シーパラでは”サーフコースターリヴァイアサン”と名付けられている。『ヨブ記』もホッブズもびっくりする名前だ)も相当に恐ろしいが、”ブルーフォール”と名付けられた世にも恐ろしい乗り物が存在する。三角屋根やコースターと並び、その青く高い塔(高さ107m)はかなり遠くからでもよく目立ち、シーパラの存在を誇示している。

 茨城県にある「牛久大仏」は高さ120mあり、その巨大さにはただ驚かされるだけだが、その天辺から飛び降りる人はまずいない。それと似たような高さからこのブルーフォールは落ちるのだから、そんなものを体験する人の気が知れない。ちなみに、華厳の滝の落差は97mなので、このアトラクションは自殺の訓練場に相違ない。しかも、これを利用して怖い思いをした上にお金を払うのである(前払いだと思うが)。

 見ているだけでも怖いので、私は思わず何度も見てしまったのだが、利用者のほとんどは笑っているのである。そこで私は係の人に「これを利用して怖い思いをするとお金が貰えるのか」と尋ねたのだが、返ってきたのは笑顔だけだった。

 

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長閑な乗り物のシーボート

 写真の”シーボート”では親子で楽しむ長閑な光景が展開されていた。こうした日常的な景観は見ていても面白くないので、すぐにこの場を立ち去った。やはり、遊園地には”怖さ”と”馬鹿々々しさ”とが同居していないと興味は湧かない。ただし、自分で利用するのは真っ平御免だが。

広大な人工海浜を有する「海の公園

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人工海浜からシーパラを望む

 約1キロの長さの海浜を有する「海の公園」 は、先述した福浦埋立地八景島とともに1970年頃に始まった「金沢地先埋立事業」の一環として造成されたものである。まず、80年頃に福浦埋立地が、85年頃に八景島が、そして88年頃に海の公園の整備が完成した。もっとも、人工海浜の部分は元々砂浜があった場所なので、80年頃には先行オープンしていた。さらに、89年にはこれらをつなぐ「金沢シーサイドライン」が開通し利便性が高まった。

  横浜市では唯一、海水浴ができる砂浜をもつ公園だが、前からあった砂浜では規模が小さいので、千葉県富津市の山砂を運び込んで拡張した。この際、山砂はすぐに浜砂には転用できないため、沖合の海底で5年間養生したとのこと。また、これは関係者から直接聞いた話だが、浜砂は年々刻々と流失するので、追加する砂は外国のものを買い取って、やはり沖合で養生したものを使用しているとのことだった。

 砂浜ではアサリなどが自然生息しているので、大潮の干潮時には「潮干狩り」が盛んにおこなわれる。自然のものが相手なので料金はかからない。

 写真は海浜の北東側を写したものだが、八景島方向に伸びた岬の海岸線には大きな安山岩を並べ磯風を表現している。その先にわずかに見える橋は、”金沢八景大橋”だ。

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公園の南側には”金沢八景”を代表する「野島」の姿が見える

 視線を南に転じると、海浜の先にある小高い山が見えてくる。標高57mと高さはないが、そのたたずまいには特徴があり、一度見ると忘れることはない。「金沢八景」を代表する「野島」の姿である。その手前に並ぶ建物群は金沢漁港のものだ。先には三浦半島の中央に連なる山々の姿も確認できる。それらの先には相模湾が広がっている。

金沢八景に至る道筋にあるものに触れる

 海の公園から「金沢八景」の本丸の一つである「称名寺」へは徒歩で数分だ。だが、ここでは少しだけ寄り道をしてみた。シーサイドライン八景島駅と、金沢シーサイドタウンとを結ぶ橋から望む景色は私のお気に入りのものだからである。

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橋から柴漁港マリーナ、シーパラ方向を望む

 マリーナのプレジャーボート群、その先にあるシーサイドラインの路線、さらに柴航路橋のブリッジ、シーパラの”アクアミュージアム”と”ブルーフォール”、さらにその先には住友重工の横須賀造船所の巨大クレーンが一望できる。八景島周辺にある特徴的な建造物が一度に見られる場所なのだ。

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橋から柴漁港内を望む

 一方、こちらは先の写真と同じ橋の上からだが、今度は柴漁港とその先にある柴町の景観だ。先の写真とは撮影時間差は3時間ほどあるため、こちらは夕暮れが迫りつつあるときの景色だ。私がかつて、この辺りをよく散歩していたときの帰途に就いたときに目にしていたものだ。かつてとは異なり船はおしゃれになり、建物群も随分と新しくなってはいるが、柴漁港のもつ情緒感にはあまり変化はないように思えた。変わりゆくものの奥底にある変わらないものを見出す喜びをこの場所からは抽出できた。

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何故か人が運転するシーサイドライン

 特に必要はなかったが、「金沢シーサイドライン」にも短区間八景島駅から野島公園駅)だけ乗ってみた。逆走事故を起こし数日間運休していたシーサイドラインが運行を再開した日だったからである。運転席には、いつもはいないはずの運ちゃんが座っている。本来は無人走行なのだが、事故の教訓から、しばらくは有人運転を続けるらしい。これは「安全確保」のためではなく「安心感確保」のためであろう。

 運行開始以来30年間、逆走のようなトラブルは皆無だったので、無人運転でも全く問題はない。今回の事故は「無人運転」が原因ではなく、運行制御回路の断線を検知しないというシステム 上の欠陥が原因らしい。つまり、人に由来するものではまったくない。したがって、有人でも事故は防げなかった蓋然性が高い。

 電気系統のトラブルが原因と考えれば、同じような事故は自動車でも起こりうる。今の自動車は電気系統に依存する割合が極めて高いからだ。アクセルもブレーキもトランスミッションも電気で制御されている。さらに最近ではハンドル操作も電気で制御するものがある。たとえば、以前のものはブレーキペダルとブレーキ制御装置はワイヤー(針金)でつながっていたが、現在はワイヤー(電線)でつながっている。さらに、ハイブリッド車や電気自動車はより複雑な電気制御システムで成り立っている。このため、自動車の逆走事故はその99.9%が「踏み間違い」だとしても、電気制御システムの構造上の欠陥もしくはシステムの劣化による誤作動も考慮に入れる必要は絶対にあるはずだ。人に頼るだけでなく、機械に頼るだけでもなく、人と機械との接触面(マンマシーン・インターフェース)を今一度、きちんと考察してほしいものだ。

いよいよ、金沢の本丸に触れる場所に足を踏み入れる

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称名寺の赤門

 金沢地先埋立地であった福浦、八景島海の公園から離れ、いよいよ金沢の歴史の本丸に足を踏み入れることになった。金沢北条氏の菩提寺であり、金沢(六浦)の舟運にかかわる人々を掌握していた有力勢力でもあった”称名寺”の門前にたどりついたのである。この寺には多くの歴史が詰まっている。実に魅力的な寺なのだ。

 以下、「その2」に続きます。更新は6月19日の予定です。