新型コロナの影響は近所にある市立図書館にまで及び、本を借りることができるのはネット予約のみで、館内閲覧での本探しは不可能になってしまった。本とのめぐり逢いは人との邂逅と同じような大きな喜びがあるので、ネットでの本探しは実に味気ない。ただでさえ読書量は少ないのに、本との本当の出会いの場が大きく失われたため、いよいよ読書時間はめっきり減ってしまった。代わりに増えたのはテレビのニュースチェックとスマホやPCでのゲーム時間。それに、日中の徘徊。今時分は春の花が続々と開花するので、雨の日以外は毎日のように花探しに出掛けている。とはいえ毎度、カメラ持参で出掛けているわけではないので、いい感じの撮影機会をずいぶんと逃しているのは残念だが事実だ。
今回も前回に引き続き、近隣で見つけた春の花を紹介してみた。私が自動車免許を取って初めて運転したのは新型ブルーバード。以後、十数年間は「技術の日産」ファンを続けたので、トヨタの新型コロナにはまったく魅力を感じず、ブルーバードを4台ほど乗り継いだ。それが祟ったのか(もちろんそんなものはまったく信じていないのだが)、今になって「新型コロナ」に行く手を大きく阻まれている。それもあって、しばらくは素敵な本との思いがけない遭遇の機会は減少し、反面、大好きな春の花との「濃厚接触」の場面が増大しているという次第なのだ。これも、いいのだ。
ジンチョウゲ科ミツマタ属の落葉性低木。枝は必ず三つに分かれるところから「三又」と名付けられたようだ。花は写真のようにかなり美しいが、有名なのは紙幣の原料に用いられていること。樹皮は強い繊維質を有しているので、強度がなによりも重要な紙幣の素材に使われている。
筒状の花の集合体のように見えるが、実は花弁はなく、花びら状のものはガクの先端部が4つに裂けているためだ。「花」には適度に良い香りがあり、こうして接近して撮影すると気分爽やかになる。
ミツマタ(三椏)
ミツマタは中国原産の低木で高さは2mほど。写真からも分かる通り、たしかに枝は三つに分枝している。
原種のミツマタの「花先」はほんのりと黄色くなり、こちらのほうが清楚な感じがする。切り花としても人気がある。花期が終わると枝には葉が茂るようになる。
トサミズキ(土佐水木)
マンサク科トサミズキ属の落葉性低木。名前から分かるように四国原産である。葉に先立って枝からは紅色の花芽ができて、それから黄色の花が5から7個ほど垂れ下がるように(穂状花序)咲く。通常、樹高は2~4mほどだが、矮性の園芸種もあり盆栽によく用いられる。
モクレン科モクレン属の落葉広葉樹。通常、モクレンとは紫色の花をもつ「シモクレン」を指し、写真のように白い花を付け、10m以上の高さになるモクレンを「ハクモクレン」と呼んで区別する。本種はシモクレンに比べて半月ほど早く咲くため、3月中旬ではシモクレンの開花は発見できず、すべてハクモクレンだった。
ハクモクレンの花びらは6から9枚あり、さらに同じような大きさのガクも3枚ある。花は天上に向いて咲き、花弁は完全には開かない。なお、モクレンの仲間を「マグノリア」と呼ぶ自称”専門家”がいるが、これはモクレンの仲間をラテン語でMagnoliaと言うことに由来する。
コブシ(辛夷)
モクレン科モクレン属(マグノリア)の落葉広葉樹。10m以上の高木になるが、ときおり、街路樹などにも用いられているのを見かける。さぞかし剪定が大変だと思われる。写真からも分かるように、先に挙げたハクモクレンと類似しており、コブシをハクモクレン(あるいはその逆)と勘違いする人も多い。早春、両者はほぼ同時に咲き、似たような(同属なので当たり前だが)花を付けるので混同しやすい。
コブシとハクモクレンの違いは簡単に分かる。ハクモクレンの花は天に向かって咲くが、コブシは写真からも分かるように規則性がない。ハクモクレンの花弁はやや厚みがあるが、コブシの花弁はやや薄い。ハクモクレンは葉が出る前に咲くが、コブシは花の下に一枚の葉を出す。これさえ覚えておけば区別はすぐにつく。
北国の春に、丘の上で白い花を付ける高木があればそれはハクモクレンではなくコブシである。千昌夫は、拳を振りながらこぶしたっぷりにそう唄っている。
コブシは日本原産で、学名は”Magnolia kobus” である”。種名のkobusの語源は「こぶ」であるが、コブシの「こぶ」は何を指し示すのかは特定されていない。
オオカンザクラ(大寒桜)
オオカンザクラはカンヒザクラとオオシマザクラの交配種。カンヒザクラの花は前回、写真に挙げたように紅色が濃く、下方に向いて咲く。オオシマザクラは白い花を付け、可食できるサクランボを実らせる。本種は花にやや赤みがあり、カンヒザクラの特徴をよく受け継いでいる木はかなり赤い花を付けるが、写真のものは色づきは普通である。
桜並木といえばヨメイヨシノが定番だが、本種はそれよりも1,2週間ほど早く咲くため、見物客を早めに集めたい町ではその資源として本種を街路に植えているが、近年では、早咲きの桜といえばカワヅザクラがつとに有名になってしまった。
モクセイ科レンギョウ属の落葉性低木。公園や街路で3から5月にかけて咲いている姿をよく見かける。写真はまだ花と花の間には隙間があるが、満開になるとすべての枝にびっしりと花弁が付く。
半つる性の枝を数多く有しており、大きく育ったレンギョウは枝が2,3mも垂れ下がることがある。原種の種小名は"suspensa"といい、これは垂れ下がるという意味をもつ。英語のサスペンションは「つるすこと」を意味し、ズボンを吊るすのはサスペンダー、タイヤを吊るすのはサスペンション(懸架装置)。
私がよく散策する野川の土手にはこのレンギョウが多く植えられており、土手上から流れに向かって大きく垂れ下がった枝に無数の花を付けた姿は見事である。
モクセイ科ジャスミン属のツル性の低木。公園や庭園、庭木などによく用いられる。中国が原産地で、明治初期に日本に導入された。
写真の花は一重咲き。八重咲のものもあるが、今回の徘徊では見つけることはできなかった。
イモカタバミ(芋片喰)
カタバミ科カタバミ属の球根性多年草。南アメリカ原産で、日本にはアジア・太平洋戦争後に輸入された。当初は園芸種扱いだったが繁殖力が旺盛のため各地に生育するようになり、現在ではほぼ雑草扱いになっている。花は3月から咲き始め夏場はいったん枯れるものの秋にまた咲き出す。
カタバミ科カタバミ属の球根性多年草。こちらは南アフリカ原産で日本には19世紀末に移入された。現在では日本各地に帰化し、やはりイモカタバミ同様、すっかり野生化している。花期は3~5月で、雑草扱いするにはもったいないほど美しい花を咲かせる。地下深くに鱗茎が残るため、いざ駆除しようとするととても苦労する。花言葉は「決してあなたを捨てません」だが、実際には「決してあなたは捨てられません」というのが現実。なお、葉っぱには紫褐色の斑点が入るので、花がないときでも他のカタバミとは区別可能だ。
ハルジオン(春紫苑、貧乏草)
キク科ムカシヨモギ属の多年草。”ぺんぺん草”と並び立つ雑草中の雑草で、別名は貧乏草。誰もが目にする花だが誰も見向きもしない。花期は3~6月とかなり長い。漢字名だけ見るととても素敵な花だと思われるが。北アメリカ原産で、意外なことに江戸末期、観賞用植物として日本に移入された。繁殖力が旺盛なため、駆除には多大な苦労を強いられる。
マメ科シャジクソウ属の多年草。江戸時代、オランダから輸入されるギヤマン(ガラス製品)の緩衝材として用いられたことから詰草と呼ばれるようになった。写真のものは詰草の中ではもっとも一般的なもので、白い花をつけることからシロツメクサと呼ばれる。日本では英名の「クローバー」と呼ばれることが多い。属名のシャジクソウ(トリフォリウム、Trifolium)は「三つ葉」を意味する。
クローバーといえば三つ葉だが、誰もが探した(探させられた)ように稀に「四つ葉」がある。が、”四”は日本では「死」を意味するので不吉な数字だとされるが、なぜ彼の地では「四つ葉」が幸運のシンボルなのだろうか?「四」は「4福音書」、四つ葉は十字架に見えるからなどの説があるようだ。ならば、「三」は「三位一体」に通じるのではないか、と思うのだが。ともあれ、クローバーには五つ葉以上のものもあり、最大では56葉が発見されておりギネス記録に認定されているらしい。
ヒガンバナ科ハナニラ属の球根植物。アルゼンチン原産で、明治期に観賞用植物として輸入された。ネギ亜科の植物なのでニラのような匂いを有することからハナニラと呼ばれている。ただし、葉や球根を傷付けない限り匂いを発することはない。繁殖力が旺盛で現在では多くが野生化し、春には日当たりの良い野原の至るところで見ることができる。春の花期にだけ地上に姿を現わし、花期が終わると地下で眠りにつく。花色は白から紫色まで多数ある。
ヒガンバナ科スノーフレーク属の球根植物。標準和名は”オオマツユキソウ”だがスノーフレークまたはスズランスイセン(鈴蘭水仙)の名のほうが通りが良い。スズランのような花を付けるがスズランではなく、スイセンのような葉を有するがスイセンではない。
秋に球根を植えると2月初めに葉を伸ばし始め、3月初旬に少しずつ花を付け始める。写真から分かる通り、花びらの先に現われる緑色の斑点が可憐さを際立たせている。
ラナンキュラス(ハナキンポウゲ)
キンポウゲ科キンポウゲ属の球根植物。標準和名はハナキンポウゲ(花金鳳花)だが、学名のラナンキュラス(Ranunculus=キンポウゲ)で園芸の世界では通用している。私が園芸にはまっていた頃はさほどその存在は認知されていなかったが、花色が増え、その絢爛豪華な花弁を有することから近年では急激に人気が高まり、園芸界だけではなく切り花の世界でもよく用いられている。
本項のトップの写真もラナンキュラスである。花色はとても多彩で、毎年のように改良品種が出回る。まさに、キンポウゲ属(ラナンキュラス)を代表する花にまで上りつめたようだ。ところで、ラナンキュラスとは「カエル」を意味する。キンポウゲの花は元来、湿った場所を好むためにそう名付けられたようだが、園芸種である本種では多湿は好まず、水はけをよくしないと根腐れを起こす。そういえば、カエルにも乾燥系のものがいる。
カタクリ(片栗)
ユリ科カタクリ属の球根植物。日本でよく見られるカタクリの学名はエリスロニウム・ジャポニカム(Erythronium japonicum)と言うが、属名のエリスロニウムは「赤」を意味する。原産地のヨーロッパでは赤い花を付けるからのようだが、日本で通常みられるのは写真のような淡い紫色のものが大半だ。なお英名は「Dog tooth violet」という。これは花の形に由来する。
カタクリはひとつの花だけでも可憐で慈しみたくなるが、群生した様子はまた別の感動を呼ぶ。写真は3月16日に武蔵村山市の「かたくりの里」(野山北公園)で撮影したものだが、まだまだ開花はあまり進んでおらず、上の写真のような蕾状態のものも多くはなかった。3月末頃が見頃かも。
カタクリの群生地は人気観光スポットになっている。私がよく出かけるのは上記の「かたくりの里」のほか、埼玉県小川町の「かたくりとニリンソウの里」である。東京では神代植物園(調布市)や京王百花園(日野市)、長沼公園(八王子市)、清水山の森(練馬区)などがよく知られている。また船下りで有名な埼玉県長瀞町には「長瀞かたくりの郷」があり、ここは関東最大の群生地がうたい文句だ。
アブラナ科マガリバナ属の多年草。名前はイベリア(スペイン)に由来する。中国名はマガリバナ(屈曲花)である。これは花が太陽に向かって咲くからだとされている。一年草となる改良園芸品種も多いが、個人的には写真の”イベリス・センペルビレンス”が育てやすく、清楚な感じがして見栄えも良いので好みだ。
ハナモモ(花桃)
バラ科スモモ属の落葉性高木。食用の桃の花はかなり美しいが、写真のハナモモは鑑賞用に改良されたもので、極めて花付きが良く見栄えも良い。これは江戸時代に改良された品種のようで、以来、そのままの形が受け継がれている。花の色は桃色が一番多いが白、赤、紅白などもあり、いずれも写真のものと同じように枝は花だらけになる。花期はソメイヨシノとほぼ同期で、最盛期には双方が美しさを競い合っている。
タネツケバナ(種漬花)
アブラナ科タネツケバナ属の一年草(越年するものもある)。湿地に多く生育するとされているが、繁殖力が旺盛なので乾燥気味の土地にも繁茂する。写真のように白い花を小さく咲かせるだけなので存在感は極めて薄いが、この花を探す気になればどこでも見つけることができる。この小さな花を路傍で早春に見出したとき、私は春の到来を感じる。その点で、私にとっては重要な存在なのだ。
オランダミミナグサ(阿蘭陀耳菜草)
ナデシコ科ミミナグサ科の一年草(越年するものもある)。道端のどこにでも存在する雑草だが、極めて地味な感じの草花なので誰も見向きもしない。この点では前に挙げたタネツケバナといい勝負だ。ヨーロッパ原産の帰化植物(明治末期に移入)なので”オランダ”の名が付されている。写真は開花前だが、5つの白い花弁を開いたとしても、存在感の薄さに変化は生じない。草の全身が軟毛と腺毛に覆われているのが少しだけ特徴的だ。こんな雑草だけれど、私にとっては春の到来を感じさせてくれる重要な草花のひとつである。
シバザクラ(芝桜)
ハナシノブ科フロックス属の常緑性多年草。花の形から「桜」、匍匐性から「芝」の特徴を有しているので「シバザクラ」と名付けられた。以前からグランドカバー用の植物に用いられていたが、いつしか、広大な土地をキャンバス(カンバス)として、白、赤、紫、桃、淡桃と豊富な花色を利用して「花の絨毯」をデザインする手法が人気となり、現在では日本各地に「シバザクラの丘」が設けられ、春の一大イベントとして催行されている。埼玉県秩父市・羊山公園の「芝桜の丘」、千葉県の「東京ドイツ村」、山梨県富士河口湖町の「富士芝桜まつり」などは相当に賑わう。
ナデシコ(撫子、ダイアンサス)
ナデシコ科ダイアンサス属の多年草。日本固有の種(カワラナデシコなど)もあるが、現在では改良品種が数多く出回っている。ダイアンサス属(ナデシコ属)には300種ほどの花があるが、この中にはカーネーションも含まれる。ただし、園芸の世界ではカーネーションは”ダイアンサス”とは呼ばない風習?があるようだ。
花色だけでなく姿形も様々だ。今回は見つけられなかった(園芸店に行けば簡単に見つかる)が、一重咲きだけでなく、八重咲のものも多い。ナデシコの八重咲と言えば、多くの人は芭蕉の次の句を思い浮かべるだろう。
かさねとは 八重撫子の 名なるべし
『おくのほそ道』では芭蕉の随行者である曾良の作として紹介されているが、曾良の日記にはこの作品についてまったく触れていないため、実は芭蕉の作品である蓋然性が高いと判断されている。那須野原で出会った小さな女の子の名が「かさね」だったのだ。私は予備校講師を十数年勤めていたが、ある年の夏期講習の集中講義(世界史)を受け持っていたとき「かさね」という名の女子高生が受講していたことを記憶している。「かさね」という名に実際に出会ったのはその一度限りである。命名者はおそらく『おくのほそ道』からその名を拝借したのだろう。まさか、三遊亭円朝の怪談噺『真景累ヶ淵』(しんけいかさねがふち)から採ったのではあるまい。
ネモフィラ(瑠璃唐草)
ムラサキ科ルリカラクサ属の一年草。北米西部原産。かつては寄せ植えの前景部に用いられることが多かった花で、認知度はそれほど高くはなかった。しかし、茨城県ひたちなか市にある「国営ひたち海浜公園」の群生がメディアに乗るやいなや、その澄んだブルーが丘を覆い尽くす姿に人々は魅了され、たちまち人気種となった。私も一度、開花期にその公園を訪れたことがあるが、ブルーのカーペット以上に見物客のはしゃぎ様に驚かされた。まだSNSなるものが話題になる以前のことだ。さぞかし、今は非道いことになっているだろう。
写真のネモフィラは”ネモフィラ・メンジェシー”という普及種(海浜公園も大半はこの品種)だが、個人的には”ネモフィラ・マクラータ”という白地に紺色のスポットが入ったものが好みだった。今回、あちこちの庭先や家の前に置かれているプランターなどで開花したネモフィラを見ることができたが、すべて”メンジェシー”だった。「ひたち海浜公園」恐るべし、である。
アネモネ(牡丹一華、花一華)
キンポウゲ科イチリンソウ属の球根性多年草。誰でもその名前はよく知っている花であるが、今回、あちこち徘徊してみたが実際にはなかなか見つけることができなかった。写真は八重咲のものであるが、一重咲きで白、赤の花色のものが個人的には好みなのだが、園芸店以外では見出すことはできなかった。"Anemone coronaria"(アネモネ・コロナリア)が学名で、とくに赤色の花は、中心部が「コロナ」のように輝いているのを見て取れる。このため時節柄、今季は大半の人がアネモネの育成を自粛したのかもしれない。花には何の責任もないのだが。