徘徊老人・まだ生きてます

徘徊老人の小さな旅季行

〔38〕季節は初夏へ~アカシアの雨はまだ降らない

f:id:haikaiikite:20200506122312j:plain

ニセアカシアの花

アカシアの雨ではまだ死ねない

 「願はくは アカシアの雨にて 夏死なん 皐月の末の 望月のころ」

 もちろん、これは贋作であり、元歌は西行の誰もが知る作品である。

 西行芭蕉福永武彦中島みゆき、カント。この5人が私の心の師である。花を巡る季節になると、私は『山家集』とカメラをバックに入れて彷徨する。車で移動中は中島みゆきの曲が流れ『誕生』や『ファイト!』に涙することもある。今はコロナ禍で残念ながら遠出は自粛中なのだが、緊急事態宣言が解除された暁には山野河海に旅立つ予定だ。当然、『おくのほそ道』と『実践理性批判』は必須の携行品となり、眠られぬ夜のために『草の花』や『忘却の河』も忘れない。

 ところで、ニセアカシア(贋アカシア、ハリエンジュ)である。一定年齢以上の人は「アカシア」と聞くとすぐに西田佐知子を思い、『アカシアの雨がやむとき』の曲を心の中で、もしくは実際に歌い始める。大の大人が「犬の唾液」のように反応するのは、西田の気だるそうな歌い方と、「アカシアの雨にうたれて このまま死んでしまいたい」と始まるその驚愕な歌詞にあった。発表されたのは1960年、安保闘争の年だった。闘争の高揚感に続く敗北感と西田の歌い方、戦慄の歌詞に己が人生の悲哀・悲嘆・憂愁を重ね合わせたのだろうか。ガキンチョでかつサルだった私は西田の歌を聴いても、その時にはまだ何も感じなかった(唯一、この歌手は下手くそだと思った)が、この曲がスタンダードナンバーとなって遍満するに至り、それと同調するように私がサルからヒトへと化生する過程でこの歌の真諦を解するまでになり、己の成長を自覚した。

 美空ひばり青江三奈ちあきなおみ小林旭石川さゆり美輪明宏天童よしみ藤圭子研ナオコ山崎ハコ氷川きよしなど錚々たるメンバーがこの歌をカバーしているが、歌は下手だったけれど西田の声が有した独特の凄みは、誰も遥かに及んではいない(藤圭子がやや近いかも)。

f:id:haikaiikite:20200506180545j:plain

ニセアカシアは大木に育つ

 『アカシアの雨がやむとき』の「アカシア」は「ニセアカシア」である。本当の「アカシア」は広義には「ミモザアカシア」を指し、「フサアカシア」(狭義のミモザはこちらのみ)や「ギンヨウアカシア」(園芸種としてはこちらが人気)が代表的だ。それらは3、4月ごろ、枝先に小さな黄色い房玉のような花を多数つける。フサアカシアはかなりの大木になるため、現在ではやや小ぶりで、銀色の葉っぱを有し花色がより派手なギンヨウアカシアに人気が集まる。街で見かける大半のアカシアはこちらのほうである。

 ニセアカシア(標準和名はハリエンジュ)はマメ科ハリエンジュ属の落葉性高木(アカシアはマメ科アカシア属)で、写真のような花を5、6月に咲かせる。学名は"Robinia pseudoacacia"である。種小名にある"pseudo"は「~に似た」という意味なので、”pseudoacacia"で「アカシアに似た」ということになり、「ニセアカシア」は種小名を直訳したものになる。北アメリカ原産で日本には明治初期(1873年説が有力)に入ってきた。近縁種の「エンジュ(槐)」に似ているが小枝に棘があるために「針槐(ハリエンジュ)」と名付けられた。が、「アカシア」の名のほうが通りが良いためにこの名で広まった。

 しかし、明治末期にオーストラリアから移入された「ミモザアカシア」が本当の「アカシア」であると分類学上で定義されることになったため、ハリエンジュのほうは「アカシアに似た」ものに分類されてしまった。それゆえ、「ニセアカシア(贋アカシア)」と呼ばざるを得なくなったのだ。

f:id:haikaiikite:20200509175005j:plain

ランチパック・はちみつ&マーガリンの「アカシア」の絵

 「蜂蜜」といえば断然、アカシアから採集されるものが有名で、市場占有率も高い。しかし、この「アカシアはちみつ」はアカシアからではなくニセアカシアから採集される。ミツバチは、ミモザアカシアではなくニセアカシアの花の甘い香りを好むのである。しかし、「ニセアカシア蜂蜜」とは誰も呼ばない。

 写真は山崎製パンのヒット商品である「ランチパックシリーズ」の『はちみつ&マーガリン」のパッケージを撮影したものだ。絵にはきちんと「ニセアカシア」の蝶形の花が描かれているが、つい最近までは「アカシア」の黄色い房玉の花がイラストにあった。「ミモザアカシアからは蜂蜜は採集できない」ということをある養蜂家がヤマザキに指摘したところ、ヤマザキ側は潔く誤りを認め「ニセアカシアの花」の絵柄に訂正したのである。私がランチパックシリーズを購入したのは今回が初めてだ。もちろん、ヤマザキの行為に感服したわけではなく、上の写真を撮るためというのがその理由だ。ただ、ヤマザキの「ロイヤルブレッド」シリーズは安価な食パンの中では一番のお気に入りなので、敬意を表して同時に購入した。

 秋田県鹿角郡小坂町はかつて小坂鉱山の煙害に苦しんでいた。銀や銅の精錬のために工場は多くの煙を排出した。それによって山や町から緑は失われてしまった。緑化対策と樹木を失ったことによる山の崩壊を防ぐ目的などのため数多くのアカシアを植林した。アカシアは成長し、また繁殖力が旺盛なため数を増し、小坂町は緑を取り戻した。毎年、6月上旬にアカシアは無数の花を咲かせて人々の心を和ませた。そればかりではなく、アカシアから採集される蜂蜜は小坂町の特産品となり、品質も「日本一」と評されるまでになった。今年は残念ながらコロナ禍のために『第37回アカシアまつり」は中止が決定された。それでもニセアカシアの数が約300万本あるといわれるこの町はきっと、アカシアの花の甘い芳香に包まれることだろう。蜂蜜の町、小坂町のアカシアは「ニセアカシア」ではあるが、人々はこの恵みを与えてくれる木を「アカシア」と呼ぶ。それで、いいのだ。

f:id:haikaiikite:20200508200259j:plain

花弁はまとまったまま雨のように降る

 ニセアカシアの蝶形の花は、花弁があまり分離せずに多くはまとまったままで散る。そのため花びらは風に舞わずに、散るというよりボタボタと落ちるのである。この情景を「アカシアの雨」と言う。とはいえ、花弁自体は小さく軽いので、「アカシアの雨に打たれて」も「死んでしま」うことはない。おそらく、豆腐の角に頭をぶつけて死ぬよりも困難なことだろう。

 作詞した水木かおる(男性です)は東京都出身なので、ニセアカシアの花が5月初旬には咲き、中下旬には散り(落ち)始めるのを見ているはずだ。彼は『アカシアの雨がやむとき』以外にも『エリカの花散るとき』(西田)、『くちなしの花』(渡哲也)、『夾竹桃』(牧村三枝子)、『二輪草』『君影草すずらん~』(川中美幸)といった花にまつわる詞を多く作っているので、花についての興味関心は人一倍強かっただろう。当然、『アカシアの雨がやむとき』のアカシアは「ニセアカシア」であり、ニセアカシアの雨が花の散りざまであることも知っていたはずだ。ただし、5月の下旬ともなると東京では「梅雨の走り」があるため、この「アカシアの雨」は花散らしの雨も含意しているかもしれない。

 ところで西行の歌である。

 「願わくは 花のしたにて 春死なん そのきさらぎの 望月のころ」(『山家集』上 春 77)

 これは西行の「白鳥の歌」というわけではけっしてない。『山家集』は彼が50歳ころから編集を始めており、この歌は上巻の77番(底本は『陽明文庫本』全1552首)に入っている。編集作業は何度も繰り返しておこなわれているので、77番にあるからといって50歳になる前に作られたとは限らないが、晩年の作品ではないことは確かなようだ。有能な「北面の武士」であった西行(本名は佐藤義清)は23歳のときに妻子を捨てて出家し、生涯をかけて「和歌即真言」を目指した。釈迦は「きさらぎの望月のころ」(涅槃会では2月15日)に入滅しており、西行は自らも釈迦と同じころに満開の桜の下で死にたいとの願いを歌に託した。実際、彼は建久元年(1190年)の2月16日(新暦では3月31日)の満月の日に死去した(享年73)。この偶然(西行にとっては必然)は京の人々を驚愕させ、藤原俊成藤原定家慈円など当代最高峰の歌人はそれぞれ、この作品に対する返歌を創作している。

 「願い置きし 花の下にて 終りけり 蓮(はちす)の上も たがはざるらむ」(藤原俊成

 さすれば、仏門の対極にいるこの私は、いつ死ねば良いのだろうか。磯釣り場で死ねば本望だろうが、そうなると同行者に迷惑が掛かるし、ましてや死体が磯から海に転落すると、その捜索に近くの漁船も駆り出されることになり多大な損害を与えてしまう。それなら西行に倣って花の傍らで死ねば良いかもしれない。「四季咲きゼラニウム」か「ベゴニア・センパフローレンス(四季咲きベゴニア)」が横にあれば、ましてや日当たりの良い場所にあれば、これらの花は一年中咲いているので365日、いつ死んでも良いことになる。

 いや、せっかく『アカシアの雨がやむとき』を取り上げたのであるから、やはり、ニセ「アカシアの雨に打たれて」そ「のまま死んでしま」うのが良いだろう。何しろ、写真に挙げたニセアカシアの花は、多磨霊園の敷地内に咲いているものなので。近くには火葬場もあるし、誠に具合が良い。

ユウゲショウ (夕化粧、アカバナユウゲショウ

f:id:haikaiikite:20200508200437j:plain

大半がアカバナユウゲショウ

 アカバナ科マツヨイグサ属の多年草南アメリカ原産で、日本には明治時代に観賞用として移入された。現在は大半が野生化し、野原にも道端にもよく咲いている。名前はユウゲショウだが、実際には日当たりの良い日中に開花し、夕方には花を閉じる。この花も私の大好きな種類のひとつで、この花に出会うのが5月の楽しみのひとつになっている。

f:id:haikaiikite:20200508200516j:plain

シロバナは貴重な存在

 アカバナユウゲショウの別名があるが、希に白花もある。前回にはヒメオドリコソウの白花を紹介したが、ユウゲショウの白花もなかなか見つからず、今季はなんとか、一か所で発見することができた。人通りも車の通行量もあまり多くない路地の一角に、写真の白花は数輪だけ咲いていた。

f:id:haikaiikite:20200508200609j:plain

アカバナとシロバナの共演にミツバチも参加

 撮影中、うるさく飛び回っていたミツバチも一緒に写されたがっていたので、白花を手前に赤花を背後に置いてシャッターを押した。なお、白花であっても通称はアカバナユウゲショウであり、それゆえにアカバナのシロバナタイプと呼ぶしかない。

ムサシノキスゲ(武蔵野黄菅)

f:id:haikaiikite:20200508200817j:plain

浅間山にのみ自生するキスゲ

 ワスレグサ科(ユリ科とも)ワスレグサ(ヘメロカリス)属の多年草。科名も属名も混乱を極めているらしい。学名は、"Hemerocallis middendorffii ver.musashiensis"とすることが多いが同定はされていない。属名の”へメラ”は一日、”カロス”は美しいを意味し、一日だけ美しく咲くというところから名付けられた。種名の”ミッデンドルフ"は植物学者の名前。尾瀬で有名なニッコウキスゲに極めて近い種類だが、そちらは一日花なのに対して、こちらは開花の翌日まで咲いている点が異なる。

 ムサシノキスゲの名は、府中市にある浅間山にのみ自生する花であることから「武蔵野」の名が付けられた。浅間山が周囲の地形と異なる成り立ちをしている点については以前に触れている(cf.32・普通の府中市)。簡単におさらいしておくと、古相模川が形成した多摩丘陵の御殿峠礫層が北東方向に伸び、その後に古多摩川によって丘陵地が分断されできた残丘が浅間山なのである。したがって、立川段丘の中でもここだけが地質が異なるためか独自の「生態系」が維持されたので、日本で唯一のムサシノキスゲの自生地となったと考えられなくはない。

f:id:haikaiikite:20200508200907j:plain

毎年、大型連休中に咲く

 写真の花は花弁の幅がやや広めだが、細身のものもある。花弁は6枚だが、4枚のものもある。ムサシノキスゲ自体が多様なので、実はニッコウキスゲとまったく同じ種類で、ただ自然環境の違いから生態が少しだけ異なるのだという考えもあるらしい。前回取り上げた「ワスレナグサ」も普通は一年草として扱うが、寒冷地では多年草に分類されるという具合に。

 ムサシノキスゲが咲く浅間山は全体が「都立浅間山公園」に指定されており、5月中旬まではこの花だけでなく「キンラン」や「ギンラン」も開花している。さらに東側にある陸橋を渡ると、多磨霊園の敷地内に至る。その陸橋上から撮影したのが、冒頭に挙げた霊園内に咲く「ニセアカシア」だ。

アブチロンチロリアンランプ(ウキツリボク、浮釣木)

f:id:haikaiikite:20200508201304j:plain

アブチロンの人気種

 アオイ科アブチロン(イチビ)属のつる性本木。ブラジル南部原産の熱帯・亜熱帯性常緑植物なので冬場は落葉することもあるが寒冷地でなければ越冬は容易だ。つる性なのでフェンスや塀沿いに植えてある姿をよく見かける。5月から本格的に咲き始め晩秋まで花を付け続ける。アブチロンの仲間は多いのだが、実際にアブチロンの仲間で見掛けるのは写真の「チロリアンランプ」が大半だ。赤いガクの下に黄色い花は私のような釣り人が用いる「ウキ」によく似ているために「浮釣木」の名で呼ばれることもある。なお、人気種ではありながら、いまだに品種名は付けられていない。 

ゼニアオイ(銭葵、コモン・マロウ

f:id:haikaiikite:20200508201436j:plain

タチアオイに先駆けて咲く

 アオイ科ゼニアオイ属の多年草。ヨーロッパ原産で中国経由で江戸時代に日本に移入された。当初は観賞用であったが後に逸出して野生化したものも多い。というより、現在では道端や野原に野生化したものを見る機会のほうが多いかもしれない。花は相当に美しく、花言葉には「初恋」「古風な美人」とあり、この点も私好みである。

 花には保湿作用、抗炎症作用、抗老化作用のある成分が含まれるためにスキンケア、洗顔液などの化粧品の素材に用いられているようで、私ですら聞いたことがあるような商品にも用いられているようだ。また、ハーブティーにも利用されている。

 ゼニアオイは花が「五銖銭」と同じ大きさなのでそう呼ばれるようになったとされている。ちなみに、五銖銭とは中国の前漢武帝のとき(前2世紀後半)にそれまでの半両銭に代わって鋳造された青銅貨幣で、唐の初期(7世紀前半)に開元通宝が造られるまで流通していた。

f:id:haikaiikite:20200512202451j:plain

まあるい葉っぱ、ゼニやで!

 ゼニアオイは、原種のウスベニアオイの変種とも改良園芸種であるとされているが、両花の区別はかなり難しい。ゼニアオイのほうが紫色が強く、葉っぱが円形に近い。一方、ウスベニアオイの花はやや赤みがあり、葉っぱには深い切れ込みがあるという点で見分ける。しかし、野生化したものには交雑種も多く判断はかなり困難だ。このため、真正のゼニアオイを野原や道端で見つけたときに好事家は、「ゼニやで、ゼニや」となぜか関西弁で喜びを表現する。上品な態度とは言い難いが、もちろん、私も同様に反応する。

ハナビシソウ(花菱草、カリフォルニア・ポピー)

f:id:haikaiikite:20200508201537j:plain

ポピーの仲間は群生すると見事

 ケシ科ハナビシソウ属の一年草。学名は"Eschscholzia californica"で、属名は博物学者の名前、種小名は「カリフォルニアの」を」意味する。名前の通り、カリフォルニア州の花に定められている。花色は写真のようにオレンジや黄色のものが多いが、白、ピンク、赤のものもある。花期は4から6月と長く、病虫害にも強く、さらに乾燥にも強いため、植えっぱなしにしておいても花を楽しむことができる。標準和名は花菱の家紋に似ているからだとされている。 

f:id:haikaiikite:20200508201703j:plain

この花はカリフォルニア州の花

 ポピーの名はケシ科の植物の総称で、科名の"Papaveraceae"に由来する。papaverは「粥」を意味し、ケシの乳液は催眠作用があり、これを乳児が食べる粥の中に入れて眠らせるという習慣があったらしい。ケシの実はヨーロッパでは約7000年前から農産物として利用されており、日本でも「あんぱん」の上に使われており、食用の「ポピーシード」はネット通販で購入できる。

オオアマナ(大甘菜、オーニソガラム、ベツレヘムの星)

f:id:haikaiikite:20200508201914j:plain

近年は野生化して群生しているものが多い

 キジカクシ科オオアマナ(オーニソガラム)属の球根植物。ヨーロッパ原産で日本には明治末期に観賞用として移入された。園芸店でも球根が売られているが、大半は逸出して野生化しているものを見かけることが多い。群生していると見事で、純白の花が次々と咲き上がってくる。花言葉には「純粋」や「無垢」などがあり、それは見たまんまである。英名は「ベツレヘムの星」であるが、これは以前に挙げた「ハナニラ」にも使用される。和名は「大甘菜」であり、いかにも美味しそうな名前であるが、実は有毒植物らしい。毒性はあまり強くないようだが、わざわざ危険を冒してまで食する必要はないと思われる。

シャリンバイ(車輪梅)

f:id:haikaiikite:20200508202143j:plain

こちらはベニバナシャリンバイ

 バラ科シャリンバイ属の常緑性低木。関東以西に多く、暖地の海岸近くに自生する。庭木や公園樹のほか、煙害に強いためか垣根や街路樹によく用いられている。葉は厚みがあり、分枝する様が車輪のように見え、花はウメに似ているので「シャリンバイ」と名付けられた。

f:id:haikaiikite:20200508202240j:plain

街路樹として植えられていたシロバナシャリンバイ

 花色は、白か薄いピンク。どちらも清潔感があり、花のひとつひとつはさほど美しいとは思わないが、まとまって咲いているときはかなり見応えがある。この点もウメににているかも。なお、樹皮から作る黒褐色の染料は、奄美大島の特産品である「大島紬」に使用されていることでも知られる。

ヒメジョオン(姫女苑)

f:id:haikaiikite:20200508202931j:plain

ハルジオンに遅れて生長・開花

 キク科ムカシヨモギ属の一年草。北アメリカ原産で、日本には江戸末期に観賞用として移入された。当時の名前は「柳葉菊姫」、現在はハルジオンと一緒に「貧乏草」。以前に挙げたハルジオンよりもやや遅くに生長をはじめ、こちらのほうがより大きく育つ。やや弱弱しい感じのハルジオンに比べ、ヒメジョオンのほうが大振りのためもあって壮健に見える。

f:id:haikaiikite:20200512202647j:plain

こちらはハルジオン。違いが分かりますか?

 上の写真はハルジオン。ヒメジョオンとハルジオンの区別は意外に難しい。環境が良ければハルジオンは立派に育つし、日陰のヒメジョオンは頼りなくもある。

 両者を区別する観点は以下の3つ。第一は花の様子。頭花の周りにある「舌状花」が異なる。ヒメジョオンのほうがやや太めで若干の隙間がある。第二は茎の違い。ヒメジョオンは茎の中が髄で詰まっているため茎を触ると硬い。ハルジオンは中空のため触ると簡単に潰れる。第三に葉の基部。ヒメジョオンは茎をほとんど抱かないのに対し、ハルジオンは茎を抱くように付いている。

 私は貧乏が染みついているので貧乏草の区別は容易に判断できる。貧乏草の茎を潰しながら歩いている徘徊ジジイを見かけたら、それは私である。 

ヘラオオバコ(箆大葉子)

f:id:haikaiikite:20200508203120j:plain

群生する雑草

 オオバコ科オオバコ属の一年草。ヨーロッパ原産で日本には江戸末期に侵入した。葉の形が竹ベラに似ているところから名付けられた。長い花穂は下から上に咲いていく。白く見えるのは雄蕊。この時期は河川敷、道端、原っぱに群生する姿をよく見かける。

 この雑草は薬草として使われることがあり、咳を鎮めたり痰を取り除くといったほか利尿作用もあるらしい。また、葉っぱは食用が可能で、やや苦みのあるホウレンソウという具合らしい。

 キツネアザミ(狐薊)

f:id:haikaiikite:20200508203215j:plain

ぽつりぽつりと咲く雑草

 キク科キツネアザミ属の越年草で一属一種。アザミに似ているが、この草の葉は薄くて棘もない。多年草ではないからか爆発的に増えることはなく群生もしない。例によって多磨霊園を散策しているときに撮影したのだが、あちらこちらに咲いているというより、ぽつりぽつりと見掛けるといった存在だ。雑草なのに奥ゆかしい。中国原産で、日本には農耕技術とともに渡来したと考えられている。アザミのようでアザミではなく、毎年、違った場所に咲くというところからキツネの名前が冠されたと言われている。が、こんな草花は他にもたくさんあり、そのすべてに「キツネ」の名があるわけではない。何かキツネにつままれたような話だ。だったら、タヌキでも良いのではないだろうか。

マツバウンラン(松葉海蘭)

f:id:haikaiikite:20200508203450j:plain

風にそよぐ雑草

 オオバコ科(ゴマノハグサ科とも)マツバウンラン属の一年草(場所によっては越年草)。学名は"Nattallanthus canadensis"で、種小名から分かるとおり北米原産で、日本では1941年、京都市で初めて採集された。「ウンラン」に似た花を付け、松のような姿をしているところから「マツバウンラン」と名付けられたとされている。

f:id:haikaiikite:20200508203537j:plain

細い茎の先端部に花を付ける

 茎はとても細く、天辺近くに花を穂状に付け、それが種子になるとさらに上に伸びてまた花を付ける。最大では50センチほどの高さになるが、茎はさほど太くはならないので、いつも風に揺られた状態で咲いている。撮影者泣かせの花なのだが、近接して花を眺めても、やや引いて群生した様子を望んでも風雅な佇まいであると思える。この雑草に関心がない人はその存在に気付かないが、多磨霊園の敷地内の多くにも、多摩川の河川敷や土手にも、そして、あなたが住んでいる場所の近くにある空き地にも今、この雅な花は群生し、南風にそよいでいる。

 ノヂジャ(野萵苣)

f:id:haikaiikite:20200508205356j:plain

姿は知らず、名前も知らず

 スイカズラ科(オミナエシ科とも)ノヂシャ属の一年草(越年草とも)。ヨーロッパ原産で、日本には明治中期に移入された。花の直径は1.5ミリほどで、いくつかが花束のようにひと塊になって咲く。よく見ると(よく見ないとその存在にすら気付くことはない)、なかなか美しい姿をしている。写真は多摩川の土手で撮影したもの。いざ探してみると、ところどころに群生しているのが分かり発見は容易だった。ただし、土手上は風がよく通るので撮影は困難を極めた。

 花の存在は知らなくても、その名前は知らなくても、スーパーの野菜コーナーにいくと、その若葉が販売されていることを知っている、あるいは食したことがあるという人はいるかもしれない。仏名は「マーシュ」、英名は「コーンサラダ」で、欧米ではサラダによく用いられているそうだ。栄養価はかなり高いので、上記の名前で日本でも人気になっているのかも。私はサラダには興味がないので不明だが。 

オヤブジラミ(雄藪虱)

f:id:haikaiikite:20200508205542j:plain

姿は見るが誰も気に留めず

 セリ科オヤブジラミ属の越年草。日本の在来種で、朝鮮半島、中国にも自生する。草全体は50~70cmほどの高さに生長するが、茎から分枝したその先に散形して花を付ける。花は小さく2ミリほどだが果実は縦長で5、6ミリ(最大で8ミリ)ある。近縁種にヤブジラミがあるが、こちらは開花期が遅く花の数は多い。

 果実が成長すると表面に棘が密集し、これが動物や人間にくっついて移動し、異なる場所に落ちて芽を出し、生育範囲を拡大する。これを「動物散布」というが、俗称では「ひっつき虫」という。これには「オナモミ」が有名で、子供時代にはこれを他人の背中などに投げつけてくっつけるという遊びをよくやっていた。オヤブジラミの実の場合は小さいので投げ合って遊ぶことはできないが、野原などを歩いていると知らぬ間にスラックスや靴下などにこの実が「ひっつく」場合がある。この「ひっつく」性質から名前に「シラミ」が付けられたとされている。

ギシギシ(羊蹄、オカジュンサイ、ウシグサ)

f:id:haikaiikite:20200508205944j:plain

やや湿り気のある場所に群生

 タデ科スイバ属の多年草。やや湿り気のある場所が好みなのか、多摩川の河川敷や土手、さらに沖積低地を流れる小川の近くに群生する。繁殖力が旺盛なので、普通の原っぱでも見掛けることは多い。名前が特徴的だが、その由来は諸説ありすぎて「不明」というほかはない。ひとつの茎から数多くの花穂を伸ばし、小さな花を無数に付ける。花といっても花弁はないので極めて地味である。花穂は緑色をしているが実りの時期になると茶褐色になる。写真のものは色が変わりはじめのもの。

 薬草としても知られ、根は「羊蹄根」と呼ばれ、便通を良くしたり炎症を抑える働きを有するとのこと。そういえば、土方歳三の生家は炎症に効く「石田散薬」を製造していたが、これはタデ科タデ属の植物を原料にしていたことを思い出した。また葉っぱの脇から伸びる新芽は食用になるそうで「オカジュンサイ」の別名がある。タデ科の植物なので「タデ食う虫も好き好き」と考えると納得するほかはない。

ムラサキツメクサ(紫詰草、アカツメクサ、赤クローバー)

f:id:haikaiikite:20200517101500j:plain

花と虫

 マメ科シャジクソウ属の多年草。ヨーロッパ原産で日本には明治初期に牧草として移入され、のちに野生化した。デンマークの国花。高さは20から60cmで個体差が大きいが、一般にはシロツメクサよりも大きくなるものが多い。これは、本種のほうがやや暖かくなってから育つことによるのかもしれない。花は球形の集合花序で大きいものはゴルフボールぐらいの大きさになる。クローバーというと「四つ葉探し」をよくおこなうということはシロツメクサの項で触れたが、本種のほうが葉っぱも大きくなるため、これの四つ葉を探せばより大きな幸せをつかむことはできるかもしれないが、「禍福はあざなえる縄の如し」なので、より辛く厳しい災いを招くかもしれない。今季のコロナ禍のように。 

コバノタツナミソウ(小葉の立浪草)

f:id:haikaiikite:20200508210938j:plain

なぜか壁際で見掛ける

 シソ科タツナミソウ属の多年草タツナミソウの矮化種で、タツナミソウは40cmほどに成長するがこちらは大きくても20cmほど。一般には紫の花を咲かせるものが多いのだが、なぜか今季に見つかる花は白花がほとんどだった。紫のものもないではなかったが私が見つけたものはいずれも貧相だったので、シロバナのみの掲載した。

 半日蔭を好む草花なので、建物の陰など壁際、塀際で見掛けることが多い。野原でもよく探せば見つけられないことはないが、大抵は背の高い草たちの陰にひっそりと咲いている場面に出会う。写真のものは公園の端に繁茂する雑草の陰に咲いていたものだが、なにしろ名前に反して高さがないので、ほとんど這いつくばった状態で撮影した。

セリバヒエンソウ(芹葉飛燕草)

f:id:haikaiikite:20200508210725j:plain

一度見掛けると、やがて気になる存在に!

 キンポウゲ科オオヒエンソウ属の一年草。中国原産で日本には明治期に渡来したが、近年になって逸出して野生化した。繁殖力が旺盛なので、最近では至るところの野原で見掛ける機会が多くなった。学名は"Delphinium anthriscitolium"で、属名には「イルカ」の名がある。日本では「飛燕草」、つまり花の形が「ツバメの飛ぶ姿」に似ていると考えて命名されたが、学名は「イルカが泳ぐ姿」からの連想によるものだ。なお、葉っぱは「セリ」に似ているが、これは毒草なので、くれぐれも食べないようにしていただきたい。

ギンラン(銀蘭)

f:id:haikaiikite:20200508211045j:plain

浅間山で見つけた小さなラン

 ラン科キンラン属の多年草。落葉樹林内に生育し、菌根菌という菌類と共生しているため、ギンランが育つ環境は限定的である。高さは15から30cm程度で、下に挙げるキンランよりもかなり小さく花数も少ない。また、花も写真のように開花に至らないものが多い。これは、キンランよりも菌類に依存する割合が高いので生育環境が大きく制限されるためであると考えられている。絶滅危惧種に指定されている。

キンラン(金蘭)

f:id:haikaiikite:20200508211200j:plain

ギンランよりも存在感あり

 ラン科キンラン属の多年草。上のギンランと同じ環境下で生育するが、菌類に依存する割合がギンランに比べると低いためか、より大きく成長し、高さは30から70cmほどになる。花もよく開花する。こちらも絶滅危惧種である。

 キンランとギンランはムサシノキスゲの自生地である浅間山で撮影したものだが、三者はほぼ同時に花を付けるので大型連休の前後はこれらの観察者で賑わう。都立浅間山公園に指定されているため三者の花はその管理下に置かれているが、入場はまったく自由なので盗掘は多く、ペットや人間に踏み荒らされた跡もよく見掛ける。

キランソウ(金瘡小草、ジゴクノカマノフタ、医者いらず)

f:id:haikaiikite:20200508210108j:plain

目立たないが綺麗な花

 シソ科キランソウアジュガ)属の多年草。日本在来種で、朝鮮半島や中国にも生育する。根出葉は円盤状に広がり、茎を上方に伸ばさない。地面にへばり着くように咲いているので野原にあっても目立たず、大半は踏みつけられる。唇の形をしている花は小さいが濃い紫色をしており、しかも集団で咲くので、地面に紫色の塊りがあれば開花したキランソウである可能性がないわけではない。原っぱで遊んだり散歩したりしている人がふと立ち止まって足元を見ていたら、この花が咲いているかお金が落ちているのを見つけたかのどちらかである。そのまま腰を下ろして地面を眺めていたらキランソウを発見、腰を下ろす前に辺りを見回したらお金の発見である。3から5月、私はこの花を探して野原をうろつくのであるが、キランソウはすぐに見つかるが、お金を発見したことは残念ながら、まだない。

アジュガ(セイヨウキランソウジュウニヒトエ

f:id:haikaiikite:20200508211432j:plain

最近では野生化しつつある

 シソ科キランソウアジュガ)属の多年草。花の形から分かるように、上に挙げたキランソウの仲間である。これはヨーロッパ原産の"Ajuga reptans"を園芸種として改良したもの(ちなみにキランソウは"Ajuga decumbens")で、キランソウとは異なり茎は直立し、その周囲に多くの唇形花を付ける。ランナーを伸ばして次々に花穂が生長するので、アジュガ林を形成する。花色は青紫が大半だが、ピンクのものもある。また葉っぱもカラフルなので、花の無い時期はグランドカバーとして利用される。

f:id:haikaiikite:20200508211524j:plain

野生化したジュウニヒトエ

 写真のジュウニヒトエ十二単)もキランソウの仲間で、姿はアジュガと同じだが花色は白か薄い紫。花穂の姿かたちから「十二単」の名が付けられた。色が派手で群生しやすいアジュガは園芸種として利用されることが多いが、葉も花色も地味なジュウニヒトエは園芸種として育てられる機会は減り、多くは逸出して野生化している。名前は艶やかだが存在はお淑やかである。