徘徊老人・まだ生きてます

徘徊老人の小さな旅季行

〔68〕三島界隈を訪ねる(2)湧水の流れに連れられて

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橋の上から流れをのぞいてみると

◎三島界隈にある湧水に釣られて散策する

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源兵衛川と伊豆箱根鉄道駿豆線

 なぜ私は湧水に心惹かれてしまうのだろうか?本ブログでは府中崖線や国分寺崖線下から湧出する清水だけでなく、東久留米市を流れる落合川や日本一短い”ぶつぶつ川”を追ったこともある。

 考えてみれば、いや考えなくとも、川の大半の源は湧水のはず(小名木川は違うが)である。たとえば、多摩川の源流点は笠取山直下に存在する「水干(みずひ)」とされているが、そこには以下のような説明書きがある。

 「すぐ上の稜線付近に降った雨は、いったん土の中にしみこみ、ここから(水干のこと)60mほど下で湧き水となって顔を出し、多摩川の最初の流れとなります。」

 それゆえ湧水を追い求める旅をするなら、こうした源流点を探訪すればよいだろうが、それは私の好みではない。若い時分には渓流釣りをおこなっていたので、源流点ではないが川の最上流域に入渓してイワナやヤマメを求めている際に、澄んだ水に目や心を惹かれたことは良くあった。その一方、透明度の高い水は人の気配を消すことが難しいため、釣り人にとってはそれがマイナスに作用することのほうが大きいので、澄んでいることをすべて歓迎していたわけではない。

 大体において、人里離れた谷間の湧水点まで行けば綺麗な水に出会うことは可能だ。が、すっかり老いてしまった私にとって険しい山道の登攀は無理難題であり、元々が坂道は好きだがそれを上り下りすることは決して好きではないので、昔も今も、町中にある清い流れが好みなのである。

 ということで、湧水の多い三島界隈は大いに私の興味はそそられ、一泊二日の三島旅を3回も繰り返してしまったのだった。それでも、振り返り見れば未訪の場所は数多くあるのが心残りなのだが……。

◎源兵衛川~1.5キロの小さな旅

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源兵衛川の旅の出発点

 源兵衛川は三島市を代表する清流で、流れの大半の部分に遊歩道(せせらぎ散歩)が整備されている。終点の中郷温水池までは1.5キロほどの距離なので、歩くだけなら一時間もあれば往復できる。ただし見所が数多くあるので、この川の魅力を満喫するには半日でも足りないほどだ。

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干上がり状態の小浜池

 源兵衛川の水源は湧水を集めた小浜池(楽寿園内)にあると資料には記されているが、写真のように現在(22年の1,2月)の小浜池に水はほとんどない。

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完全に干上がった”せりの瀬”

 小浜池の南側には写真の「せりの瀬」と名付けられた池があるのだが、ここは完全に干上がっていた。

 こうした池の側面や底面には溶岩の裂溝が多数走っており、その溝が地下水の湧水口になっているのだが、残念ながらその姿を見ることができなかった。それでは、源兵衛川の水源はどこにあるのだろうか?

 源兵衛川せせらぎ散歩の出発点は楽寿園の南側にあり、フェンス越しに園内をのぞくと、確かな水量のある流れが存在し、それが源兵衛川の水源になっているようだ。が、楽寿園内からはその流れがある場所には立ち入ることはできなかった。

 想像しうるに、被圧地下水の水位が低下している現在、三島溶岩最上層部の下にある伏流水では源兵衛川の流れを満たすことはできないため、より深い位置にある地下水を汲み上げて川に供給しているのではないのだろうか?私はそう邪推してしまった。何しろ、三島市にとって源兵衛川の流れは重要な観光資源(ミシマバイカモを守るという自然資源でもある)なので枯渇させるわけにはいかないのだ。

 仮にそうであったとしても、三島溶岩流が生み出した地下水には変わりがないので、源兵衛川の価値は一ミリも減じることはない。

 ともあれ、源兵衛川は小浜池(地下を含めた近辺)の水を集め、古くは農業用水路として、現在は主に”せせらぎ散策路”とミシマバイカモの育成地として、三島扇状地を潤している。

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川には、散策に便利な通路や飛び石が配置されている

 源兵衛川は住宅地の中を流れているためもあり、散策路は写真のように川の岸近くに木製の通路、大石やコンクリート製の飛び石などが配置されている。これらが、えもいわれぬ雰囲気を醸し出している。

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川には湿地性の植物がよく似合う

 この川でよく目にするのが、写真にある”カラー・エチオピカ”(オランダカイウ)。花期は初夏なのだが、冬の寒い時期でも白い花を纏っていた。湧水の水温がこの花に適しているのかも。

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こちらは飛び石の連続

 飛び石には写真のように意匠を凝らしたものもある。私は何度も行ったり来たりして遊んでいたかったのだが、散策に訪れる人が多いとすれ違うのに少し窮屈を感じてしまう(とくにコロナ禍では)ため、それほど長くは留まれなかった。残念なことである。

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左岸にあった川戸(川端)

 川沿いの家々には、写真のような川戸が設けられている姿がよく見られた。護岸の上にはとくに道は見当たらないので、この川戸は私的なものなのかも。羨ましい。

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鎌倉古道の橋上から上流方向を眺める

 橋上から上流部を眺めたものが上の写真。少し分かりづらいが、上流部には右岸から左岸に移るための飛び石があり、左岸は土手上に散策路が整備されている。散策路のところどころに川戸が設けられているが、これらは公共物なので誰もが使用できる。

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アロエと清流

 右岸に整備された散策路横にはアロエの群生があり、濃いオレンジの花が清流に華を添えていた。

 このアロエの群生場のすぐ下流で一旦、散策路は終了している。川沿いの道もないので少しの間、川沿いから離れることになる。少し迂回する道を選び、100mほど下流に移動すると再び散策路が現れる。

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旧東海道から下流側を眺める

 旧東海道の南側から散策路は再開する。右岸側には三石神社があり、境内には三島宿に時を告げた「時の鐘」がある。当時のものは焼失したため、現在の時の鐘は1950年に再建されたものだ。

 飛び石の上にいるカラスは、鐘の音につられて時の声を上げるのだろうか。 

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「時の鐘」と源兵衛川

 時の鐘は川の右岸側に張り出しているが、この周囲は三石神社の境内である。三石とはこの地にあった三ツ石と呼ばれていた巨石のことらしい。源兵衛川には大石を下流に運ぶ力はないので、おそらく、御殿場泥流がその石をここまで運んだのだろう。

 なお、境内横には三島ではもっとも名の知られたウナギ店がある。この境内には今回、三度も足を運んだので一度は「日本一のタレ」とさえ称される三島ウナギを食そうと思った。が、三度とも、店員が数人集まって境内際で煙草をふかしている姿を見てしまったため、店に入ることは思いとどまった。料理人に煙草は不適だろう。

 そういえば、三崎港でもっとも人気のあるマグロ料理店の主人も煙草好きだった。所詮、料理の味などというものは極めて主観的であり、かつ相当にアバウトなものなのだろう。

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駿豆線と清流

 三石神社境内のすぐ南側で、源兵衛川と伊豆箱根鉄道駿豆線が交差する。この地点は清流ファンにとっても鉄道ファンにとっても格好の撮影ポイントになっているようで、「川に落ちないように」といった注意書きがあった。

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電車に気を取られて橋に頭をぶつけないように!

 私にとっては、川に転落することよりも電車の動きに気を取られて、背後にある橋に頭をぶつけてしまうことのほうがあり得そうに思えた。実際、そういう人は多いようで、写真のような注意書きがあった。もっとも、後ずさりしながらの撮影では、この注意書きは目に入らないが。

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好事家が集いそうなdilettante cafeと清流

 川の右岸には、立ち寄ってみたいと思わせるカフェがあった。店の名前は「dilettante cafe」とあったが、このdilettanteを、「うわべだけの人」と訳すか「好事家」あるいは「アマチュア」と訳すかは微妙だ。

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川の中を清掃中?

 カフェのすぐ下流では、川の中に入って何やら作業をしている人がいたので近づいてみた。仕草からは川の中のごみを拾い集めているように思えたが、少し違っていた。

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ミシマバイカモの手入れをおこなっているボランティア

 小さなごみやアオゴケがまとわりついてしまったミシマバイカモを丹念に引き抜いて、付着した余分なものをきれいに洗い落したのち、下流にあるバイカモの育成場に移植しているとのことだった。こうしたボランティアの人々の努力によって源兵衛川の魅力が保持されているのだ。

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アオゴケやゴミが付着しているバイカモ

 川の中をのぞいてみると確かにアオゴケが付着しているものはかなり多く、また枯れ葉や枯れ枝がまとわりついてしまっているものも多かった。

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初夏には無数の小さな梅の花を着飾るはず

 ボランティアの人が活動していた地点から300mほど下流にミシマバイカモの育成場がある。写真から分かるように。バイカモだけでなく川床の砂礫も綺麗に磨かれている。初夏、三島方面に出掛ける機会があれば、是非ともこの場所に立ち寄り、満開となった梅花を満喫してみたい。

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”水の苑緑地”の北側入口

 中流域には自然に取り囲まれた景観を残している「水の苑緑地」がある。これまでの源兵衛川は住宅やビルの間を通ってきたが、この緑地は幅が40mほどあるため周囲には木々が豊富で、いかにも林の中を清冽な水が流れ下っているという空間が演出されている。

 写真の場所は緑地の北縁に位置し、この場所の東側約70mのところに、前回に紹介した「三島梅花藻の里」がある。近くに住んでいる人は毎日、水の苑緑地と梅花藻の里、そして源兵衛川沿いの散策という贅沢な徘徊が楽しめるのだ。

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水の苑緑地にはカワセミが多く集うらしい

 緑地の中心部には写真の池が設えられている。ここではカルガモの姿しか写っていないが、池にはカワセミがよく立ち寄るとのことで、私がここを訪れた(3回も)際には、いつも超望遠レンズを構えたカメラマンの姿があった。

 なお、水の苑緑地の南端には、先に挙げたミシマバイカモの育成場がある。

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戸建て住宅専用の橋

 バイカモの育成場から50mほど南に進むと、”源兵衛川せせらぎ散歩”の道は急速に色を失い、写真のように、住宅地を流れる用水路という表情に変わってしまう。写真のように右岸側に建つ住宅のための専用橋が何本か架かっているが、それらはいずれも利便性以外の考慮は感じられない。ただ、そっけない遊歩道は左岸側に設けられているため、川沿いの散策は継続できる。

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残念な置き土産

 川の中には写真のような廃棄物があった。川底には腐敗物が積もっており、これまで見てきた清流とはまったく異なり、とても”せせらぎ散歩”を楽しむといった興趣はなくなってしまった。この写真から、この川の清らかさは人々の不断の努力によって維持されているということが分かる。

 ほどなく川は県道51号線と出会い、それから100mほど下流では遊歩道すら失ってしまう。

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中郷用水記念碑と源兵衛川の最下流

 川は再び沿道を右岸側に復活させるが、それは遊歩道といったものではなく、県道51号線沿いにある店舗や住宅のための裏道として利用されている。

 川の左岸には中郷用水公園が整備されている。「公園というよりビオトープ」がうたい文句だそうだ。たしかに、左岸側は親水性に配慮した造りになっており、川の流れ、木々や石の配置は、「生物生息空間(ビオトープ)」と呼ぶに相応しい憩いの場になっている。

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国道1号線と中郷温水池入口

 中郷用水公園から国道1号線(三島バイパス)方向を眺めたのが上の写真。この辺りにもカワセミがよく立ち寄るそうで、超望遠レンズを構えた愛好家が5人いた。ただ、私が見ていた限りではカワセミの姿はなく、右岸には餌を探すコサギチュウサギがいるばかりだった。

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この橋の下流側に中郷温水池公園がある

 国道1号線のすぐ南に「中郷温水池公園」があるのだが、源兵衛川(中郷用水)沿いからは直接行くことはできない。川の右岸から国道1号線に出て、西に50mほど進んだところにある「三島玉川交差点」の横断歩道を渡り、今度は1号線の南側を東に50mほど進めば中郷用水の右岸側に至る。

 写真は、国道から公園方向を眺めたもので、温水池橋の南側に中郷温水池公園が広がっている。温水池は南北320m、東西の最大幅95m(最小幅は用水路南端の15m)と細長い形をしているが、橋はひとつしか架かっていないため途中で対岸に移動することはできない。もっとも、温水池橋から出発して池を一回りして橋に戻ってくるのに要する距離は750mほどなのでまったく苦にはならない。しかも、南側に行くほど周囲の景観は良くなる。

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ゴイサギは哀しからずや

 温水池橋の南側の170mほどはまだ池というより中郷用水の延長上にある水路だ。左岸側には住宅が立ち並んでいるが、右岸側は築山がある広場として整備されている。

 用水路の右岸側には数多くのスイセンが植えられており、丁度、開花中だったが、ゴイサギくんは「花より団子」なのか、用水路の中の生き物が気になっていると思えた。が、しばらく観察していても虚空を見つめているようでもあったので、餌にすら関心を抱いていない風でもあった。

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多彩な水鳥が集う温水池

 温水池の中には様々な種類の水鳥がいた。どこにでもいるカモもいれば、あまり見たことがない種類の鳥もいた。温水池の名にし負うように、鳥たちは気持ち良さそうに索餌行動をとっていた。

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ただいまエサの捕獲中

 浅場ではコサギチュウサギが餌を漁っていた。東久留米の落合川でもコサギチュウサギは一緒に行動していたが、ここでも同様だ。さらに言えば、三島の他の河川でもこの組み合わせを何度も見た。私が清流巡りをするということで、この2羽は落合川から飛んできてくれたのかもしれない。

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葦原と住宅地と箱根の山々

 池の岸から東方向を望むと、写真のように箱根の山々が視界に入ってくる。

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温水地には富士山がよく似合う

 池の南端から北を望めば、富士山と愛鷹山の姿を見ることができる。思えば、この温水池に来る切っ掛けは、ここが富士山の絶好のビューポイントであるということを知ったからだった。

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農業用水池であることを思い起こさせる設備

 景色の良さに見とれてしまっていても、写真のような設備を目にすると、ここが農業用水のための溜池だったことを思い出す。1953年、この温水地は国の事業として造成され、96年から98年にかけて再整備されて公園となった。現在は南側の広場を造成中だ。

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温まった水は下流の農地へと進む

 明るい日差しを受けた池の水は、人々の目と鳥たちの腹を潤したのちに、その本来の目的を実行するために南の農地へと散っていく。

◎菰池(こもいけ)と桜川と文学碑と

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桜川と西隣にある白滝公園の林

 桜川は菰池(こもいけ)に湧き出る清流と白滝公園に湧き出る清流を集めて、三嶋大社のすぐ西側で閉渠となって南に流れ下る普通河川。下流では3つの地区の農業用水として使用されるため、三ヶ所用水という別名を有するそうだ。

 三島駅南口から楽寿園、白滝公園、三嶋大社へ至るルートを用いる人ならば必ず目にすることになる清流で、途中には流れに並行して「三島水辺の文学碑」が立ち並んでいる。私は今回の三島徘徊では4回もこの桜川に立ち寄っている。

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桜川の水源である菰池(こもいけ)

 菰池(こもいけ)のある場所は、三島溶岩流の最上層の末端下に位置しているので伏流水が湧き出しやすい。池の最北端に湧水口が存在すると思われるが、今回の徘徊ではその湧出は確認できなかった。

 菰池の「菰」はイネ科の植物であるマコモを粗く編んだムシロのことのようだが、この池とムシロとの関係は不明だ。菰池の一帯は1956年に公園として整備された。それ以前は自然のままの湧水池として存在していたのだろう。だとすれば、池の廻りにはマコモが繁茂していたはずなので、マコモ池と呼ばれていたのではないだろうかと勝手に推察した。

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菰池の北側に三島溶岩最上層の末端がある

 菰池とその西側にある道を撮影してみた。この様子から、池が溶岩流の末端の直下に位置していることがよく分かる。なお、池は標高25m地点にあるが、道路は28m地点から下ってきている。道路の北側すぐのところ(ビルの向こう側)には東海道本線東海道新幹線の線路があるが、それらのすぐ北側の地面の標高は40mもある。

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菰池の水は桜川として南下する

 菰池の南側に幅3mほどの水路が整備されていて、池の水はここを通って南下する。

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各所からの水を集める桜川

 菰池の西側65m付近にはそれと同様の出自をもつ鏡池がある。現在はほとんど枯れた状態だが、その筋には伏流水があるようで池の南側で小さな流れが顔を出している。

 写真は、その小さな流れ(左側)と菰池からくる流れ(右側)とが合流する場所。こうして、桜川は少しずつ豊かになってゆく。

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中島で遊ぶカルガモたち

 合流点の直下には、写真のような小さな島がある。これが自然にできたものなのか人工的に設えたものかは不明だが、カルガモにとってはそのどちらでも良く、恰好な遊び場になっているという事実だけを受け入れている。

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白滝公園の湧水も桜川の水源となる

 桜川の右岸側には白滝公園の東縁がある。白滝公園は古くから水泉園と呼ばれていたように、湧水が極めて豊富な場所である。あちらこちらから水が湧き出てきている様子が見えるが、かつてはこの全体が滝のように流れ下っていたとのこと。それゆえ、白滝と命名されたそうだ。この水たちもすべて桜川に加わる。

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白滝公園と桜川

 写真は、その白滝公園の南部分を桜川の左岸側から眺めたもの。公園の南側には小さな溶岩塚がいくつもあって、その下部から幾筋もの湧水が流れ出ている。それらすべての湧水も桜川に流れ込んでいる。

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水量の豊富な桜川だが……

 こうして、多くの湧水を集めた桜川は、写真の場所ではその川幅は22mにも成長している。

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桜川の水の多くは御殿川に落とされる

 が、先の場所から40mほど下流の右岸側に水門があって、そこから桜川の水のかなりの量が落とされている。写真は、桜川から流れを頂戴した御殿川で、源兵衛川と大場川との間を南下している。

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町中の清流のお定まりの風景

 清流とミクリ類とカルガモ。落合川でもよく見た風景で、町中を流れる清流の定番ともいえる景色だ。

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清流とアブチロンチロリアンランプ

 川の左岸には住宅地が並んでいて、家に通じる橋の上を花で飾ったり、写真のように岸辺に花を植えたりして、それぞれに清流のある風景を楽しんでいるようだ。

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川沿いには当地に所縁のある文人の石碑が並ぶ

 桜川の右岸沿いには、三島の地を題材にした作品の一部を彫った石碑が並んでいる。三島の特徴をよく表現している文章や句に触れながら散策できるという喜びをこれらは与えてくれる。

 すべてを紹介することはできないので、ここでは私が気に入った4つの石碑を紹介したい。

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司馬遼太郎の文学碑

 司馬遼太郎は、彼の得意な主観性を表には出さずに三島溶岩流と湧水との関係を素直に叙述している。その理解が正しいかどうかは別にして。

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若山牧水の文学碑

 確かに、沼津市の位置から富士山を見るには愛鷹山が大きく立ちはだかっていて邪魔な存在に思える。三島からだと少しだけ愛鷹山からの「被害」は減じるが、それでも西裾のかなりの部分を隠してしまっているので、存在しないほうが嬉しいかも。ただ、富士山も愛鷹山箱根山も人間が造ったわけではないので、それらに対し景観権を盾に排除を求めることはできない。

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正岡子規の文学碑

 正岡子規は、写生による現実密着型の俳句を確立したことでよく知られているが、この句もまさに見たままを表現しており、なんの衒い(てらい)もない。

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芭蕉の作品はさすがにウイットに富んでいる

 なぜか、芭蕉の作品だけ読みにくくなっている。これは『野ざらし紀行』の箱根の項で、句の前には「関こゆる日は雨降りて、山皆雲に隠れたり」とある。

 霧しぐれ 富士を見ぬ日ぞ 面白き

 富士が存在することを前提にした上での作品だからこそ趣きが深い。先の子規の作品と比較すると、10対2で芭蕉の勝ちだと個人的には思う。 

境川・清住緑地と丸池公園

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丸池公園から境川・清住緑地、そして富士山

 境川という名前なので、国境を流れていたことは想像しうるし、大場川から分岐したその川跡(河道跡)を辿ると、上流部は長泉町三島市下流部は清水町と三島市の境にあったと推察される。長泉町と清水町は駿河国三島市伊豆国なので、境川は確かに国境にあった。ただ、その痕跡を辿るほどの時間がないので、私は下流側にあって湧水を集めながら明瞭に流れを追える場所だけを訪ねてみた。それが、「境川・清住緑地」であり「丸池公園」であった。

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緑地の北端

 境川・清住緑地や丸池公園は、三島市と清水町が協力して整備したようである。周囲は住宅だらけなのだが、かつての境川はそれなりの水量があったようなので、公園近くになると河道はそれなりの広さを有している。

 写真は、公園の最北端付近を眺めたもので、これより北側はマンションや住宅が河道の中にも造られ、ところどころに広場が残っているのみだ。 

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緑地内にある湧水が生み出した池

 前回にも紹介したが、緑地内には湧水が生み出した池がある。ここには湧き間は何か所もあるので、水面を眺めていると、ぼこぼこと湧き出ている様子を視認できる。

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緑地公園には大石が転がっている

 池の下流側には、また別の湧き間がいくつもあって、それが産み出した流れが幾筋も公園内をうねりながら流れ下っている。写真の部分はもっとも新しく整備されたところのようで、グーグルアースではまだ整備中の様子が撮影されている。

 園内には大石がいくつも転がっているが、これらは三島泥流が持ち込んだときの姿を再現しているのだと思われる。

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かつての流れを再現?

 この部分も新たに整備されたもの。この辺りにも湧き間が多いので、写真の通りかどうかは不明だが、このように幾筋もの流れがあったと十分に推察可能だ。 

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井戸と清流と富士山と

 公園の中には、写真のような井戸が造られている。水を汲むことは可能だが、「この水は飲めません」との注意書きがあった。井戸の横には大石、その向こうに清流、そして林、さらに遠方には富士の嶺が見える。

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境川の湧き間。水量は相当に豊富

 境川の河道の左岸側に写真のような湧き間があった。この背後には高台があるが川の流れは見受けられない。それが正しければ、ここからは相当の量の水が湧き出ていることになる。ここの湧水はすぐに境川本流に流れ込むため、川は一気に水量を増して丸池公園の東側に進む。

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丸池公園の湧水は境川に落ちる

 前回に紹介した通り、丸池公園の北側には大きな湧き間があり、写真の場所で湧水が大量に流れ込んでいる。高台下の湧水を集めた境川が左側から流れ下ってきており、この湧水は川に合流するため、写真から分かる通りこの場所は清水の溜まり場になっている。

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丸池の端から富士山を望む

 一方、丸池の水は涸れ気味だった。が、一週間後に訪れた際には池は八割ほどの水が貯えられていた。伏流水が一気に湧き出たのか、境川から池に水を引き込んだのかは不明だが、池は上の写真とはまったく異なる表情を見せてくれた。

 この丸池からの富士山の景観も見応えがあった。このときは西風が強く、富士山はカルマン渦を形成した雲たちを東にたなびかせていた。

柿田川湧水群~いつもとは違う表情に触れる

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柿田川の清さが眩しい

 三島地区の清流といえば柿田川は外せない。前回は第一、第二展望台からの湧き間をおもに紹介したので、ここでは違った姿を見せる川の姿を取り上げることにした。 

 写真は、下流部に架かる柿田橋の近くの左岸から川の流れの一部を撮影したもの。澄み切った流れは誠に美しく、この川が日本有数の清流であるという評価はまったく正しい。 

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八つ橋付近の湧水の流れ

 展望台がある柿田川公園の南端にあるのが「八つ橋」。公園には「八つ橋」の標識が掲げられているので、それに従って遊歩道を南に進むと川の左岸近くに出る。「八つ橋」一帯は湿地帯の様相だが通路が整備されているので歩行はたやすい。

 この一帯には崖下から湧き出る小川が幾筋も流れ込んでいる。写真にあるように湧水口を見ることはできないが、木々の隙間から清流が流れ下ってくる様子を見ることができる。

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八つ橋付近には多くの湧水が集結

 幾筋の流れが離合集散しながら本流の左岸方向に進んでいく。林からの眺めは趣きが深く、展望台からの眺めとはまったく異なる柿田川の姿に触れることができる。

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柿田川左岸の湧水群

 本流の左岸にまでは行くことはできないが、ここからの眺めのほうが興趣はある。

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八つ橋から柿田川本流を眺める

 ここが散策路ではもっとも左岸側に近づける場所。写真から分かる通り、右岸側には住宅が立ち並び、岸辺に出られる場所もある。 

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柿田橋から柿田川の最下流を眺める

 柿田川の湧水たちは1.2キロの旅を終えて本流の狩野川に合流する。合流点の手前60mほどのところに柿田橋があり、写真はその橋上から合流点を眺めたものだ。

 私がこの橋の存在を知ったのは今から30年前のこと。当時はよく日帰りで狩野川にアユ釣りに出掛けていた。帰りは午後5時頃になるので、三島に出る国道136号線は大混雑する。そこで国道の西側にあってやはり同じように三島に向かって北上する道を進むことにした。

 しかし、この道も三島バイパスと交わる「三島玉川交差点」(本ブログでは何度もその名が出てきている)で渋滞するため、その手前を左折して、清水町役場の前の道を通って橋を渡り、その先を右折して三島バイパスに出ることが多くなった。

 その橋が柿田橋であることを知ったのは、このルートを使うようになって2度目のことだった。以来、明るいうち(夏季の日没は遅い)にこの橋を通る際には、必ず近くの空き地に車を停めて柿田川の流れを眺めることにしていた。まだ、柿田川の清流が全国的に知られる前のことだった。 

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橋下から川の流れに接する

 橋の西詰には駐車可能な空き地があり、川の土手から右岸に降りられる階段が設置されている。写真は、右岸に降り立った場所から上流方向を眺め、柿田橋と、旧柿田橋の廃墟とを撮影したもの。

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右岸から中流方向を眺める

 右岸沿いには、なんとか歩くことが可能な道(けもの道よりは少しマシ)があるので、まずは上流方向に進んでみた。写真は、川の中流方向を撮影したものだ。左岸の土手上に道路があって、少しだけ歩くことは可能なのだが、その先に河川事務所の敷地が道を塞いでいるため僅か100mほどしか進むことができない。写真内にある白い建物は、その事務所のものだ。

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左岸から本流の流れを見つめる

 写真は、左岸にあるその河川事務所の正門近くから川の流れを眺めたもの。この辺りの川幅は35m以上ある。湧水を大半の水源にしているにもかかわらず、柿田川は豊富な水量を有している。

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旧柿田橋の上流

 写真は、右岸側から柿田橋のすぐ上流側付近を撮影したもの。この場所から川は急流となって狩野川を目指すことになる。

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旧柿田橋の下流

 写真は、橋の直下ならびにすぐ下流の様子。こうした荒瀬ではアユ釣りはできない。もっとも、柿田川の川底にはミクリ類やミシマバイカモが多く繁茂しているため、アユ釣りには障害物があまりにも多すて適さない。天然遡上のアユは豊富にいるのだが。

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川は狩野川に溶け込んでいく

 写真は、柿田川本川狩野川に合流する地点を撮影したもの。清流はここで右折して狩野川の水に溶け込みながら駿河湾に落ちていく。1.2キロの湧水の旅は、水たちも、そして旅宿人の私も、ひとまずここで終了となる。

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 次回は三島界隈の写真集となります。恐ろしいスカイウォークの写真も取り上げます。