徘徊老人・まだ生きてます

徘徊老人の小さな旅季行

〔79〕琵琶湖周辺から醒井宿の清水を求めて

バイカモの花と虫。醒井宿の地蔵川にて

◎奥琵琶湖地区を散策する

今津浜水泳場の賑わいは今いずこ

今夏は華やぐのだろうか

ゲンゴロウブナの産卵地として知られる貫川内湖

賤ケ岳の麓にあった禅寺

琵琶湖と余呉湖との間にある賤ケ岳

賤ケ岳麓の集落には立派な家屋が立ち並ぶ

和歌と羽衣伝説で知られる余呉湖(よごこ、よごのうみ)

余呉の海はヘラブナ釣りが盛ん

鯉のアタリを信号で釣り人に伝える仕掛け

ここには大鯉(80センチ以上)が当たり前の存在

◎浅井氏の故郷を訪ねる

麓から山城がある小谷山を望む

小雨混じりだったので、今回は資料館をのぞくだけ

小谷城の魅力をアピール

旅の大収穫のひとつ~「五先賢の館」

 旧浅井町(現在は長浜市)では日本の歴史上で優れた人物を5人も輩出している。この館の存在を知ったときには2人の人物しか知らない(覚えていない)状態であったが、ここを訪ねて様々な資料に触れたことで、残りの3人の業績と人物名が結びついた。日本史の入試では、この5人はすべて押さえておくべき必須の人物である。「相応和尚」「海北友松」「片桐且元」「小堀遠州」「小野湖山」の5賢人だ。

 地元の小学校では、この5人の業績を頭と体でしっかり学ぶそうだ。こうした下積みがいずれ、この地区から6人目の賢人を生むはずだ。

 ちなみに、我が府中市は0先賢である。

庭園に入るための編み笠門

遠州流庭園

◎大収穫の西野水道

2代目の西野水道(放水路)は現在、琵琶湖への連絡通路

放水路の先には湿地帯が広がる

放水路のはるか先には竹生島が浮かぶ

放水路の出口では小鮎釣りが盛ん

この急流を小鮎たちは上ってゆく

流れの中で小鮎の姿を探したのだが……

田んぼではサギも鮎を探していた

◎尾上港と琵琶湖東岸

尾上港と竹生島

岸壁からブルーギルや小鮎を狙う

湖上でブラックバスを狙う

湖北野鳥センター前の湿地

ラムサール条約登録湿地は水鳥の楽園

余呉川は湖岸に多くの砂州を生み出す

長浜市街を少しだけ散策

秀吉が築城した長浜城豊公園より

通りには老舗の商家が立ち並ぶ

火縄銃の町だった長浜は金物の町

長浜でも鯖は売り物のひとつ

北国街道沿いにある長浜名門の安藤家

◎清流(地蔵川)とバイカモを求めて醒井(さめがい)宿に立ち寄る

中山道醒井宿といえばバイカモの里

駅横のトイレの壁には

醒井小学校の玄関口

醒井と言えば居醒の清水

醒井宿は中山道61番目の宿場

三島の項でもお馴染みのバイカモ

バイカモユキノシタとの共演

バイカモマツバギクとの共演

日当たりの良い場所では水中花も

さらに一部では水上花も

小さいけれど可憐なウメの花

地蔵寺の下から湧出するので地蔵川

地蔵川絶滅危惧種ハリヨの保護区でもある

湧水点は数多くある

中山道東名高速

宿場の外れにあった「西行水」の名の湧水点

ここも湧出量は豊富

観光ルートを外れてもバイカモは豊かに育っている

若狭湾・山陰の旅の終わりには琵琶湖、それに近江の旅の最後には必ず立ち寄る醒井宿のバイカモ見物をおこなった。当初は京都による予定だったが週末に当たってしまったためにルートを変更し、さらにいささか歩き過ぎたので日数を短縮した。

 琵琶湖周辺では天気に恵まれなかったが、それでも収穫は多かった。一方、若狭・山陰では新発見や新体験がいくつかあったものの、かつての魅力がどんどんと薄れてしまっていた残念な場所も多々あった。

 25日からはいよいよアユ釣りのスタート。また新たな日常が始まると思うと喜びが沸き上がってくる。

 今回の旅のまとめでは当初、総集編を予定していたが、各回の写真が多くなったために、これらに解説文を加え、さらに何点かの写真も挿入することにするつもり。したがって、当面は第80回ではなく、第73回から第79回までを順に肉付けしていきます。